1
事務所近くで風呂を済ませ帰宅する。
ほかほかカーペットの上であぐらかいて、家内手作りのおでんでひととき晩酌の時間を過ごす。
程よく酔って電源OFF。
自室で眠りこけていると、塾を終えて帰宅した二男が私のねぐらに入ってきた。
一瞬目覚めるが、充実の一日終えた男子二人はそのまま安眠の深い淵へと急降下していく。
何と安らかなことであろう。
明け方、仕事に出かけようと階下に降りると、ほかほかカーペットの上、これまた充実の一日を終えた長男が試験勉強に力尽き寝入っている。
間もなく目覚め、始発で彼は学校へ向かい、その時間に合わせ食事の支度で家内も目を覚ますことであろう。
今日もまた家族揃って出力全開となる。
あと一刻程はスヤスヤと眠る家族にそっと目をやり、切り込み隊長たる父はクルマを発進させた。
2
その日の昼のことであった。
世の中に電車は星の数ほどあるのに、たまたま乗り合わせた電車に、学校帰りの長男がいた。
長男は私の存在には気付かず大はしゃぎで友人とさんざめいている。
その元気な後姿を、私は写真に撮った。
その様子を訝しんだ友人が声をひそめて長男に言った。
おい、写真とられたぞ。
長男が振り返る。
私と目が合う。
長男は慌てて視線を元に戻した。
友人の手前である。
父親と居合わせたことが気まずいのかもしれない。
その気持ちを斟酌し私は車両を移った。
長男が電車のなか賑やかな様子であったことをその場から家内にメールした。
たまたま乗った電車の車両に長男がいた、そんな偶然があることに家内は驚いていた。
3
その夜、長男は家内に話す。
電車のなか、変なヒトに写真を撮られた。
家内のなか、笑いが止まらない。
どうやら長男は、電車のなか写真を撮ったのが自分の父親であったと気付いていないようである。
まさか、その時間そんな場所に親父が居るはずがない、そう思っていれば、父であってさえひと目では気づかないものなのかもしれない。
家内は、真相を明かさず、誰がどこで見ているか分からない、もしかしたら学校関係者かもしれない、今後は行儀よくした方がいいよと長男を諭した。
長男にとっては効き目十分のクスリとなるだろう。
いつ誰に写真を撮られるか分かったものではない。
公共の場ではおとなしくした方が身のためだ、友人ら含めそのように考えるようになるに違いない。
4
そのような話を、江戸堀の紅々で韓国料理つつきながら同席者に話す。
電車で長男と出くわし、写真を撮ったら、長男が振り返って目が合った、しかしそれでも長男はそこにいるのが父だとは気づかなかった。
同席者は誰も信じなかった。
そんなやつおらんやろう。
親父が目の前におってそれが分からん訳がないやんかいさ。
しかし、これは本当のことなのである。
いつか長男はここのくだりを読み、えっ、と驚愕しその日のことを思い出すであろう。
iPhoneを自分に向けていた妖しい不審者にまとう靄が晴れ、そこに父が現れる。
そしてさらに気づく。
電車内だけのことではない。
父親なんて、いつだって子にレンズを向けているような存在なのだ。