KORANIKATARU

子らに語る時々日記

そこかしこにスポットライト

今夜は飲み会。

メンバーは大阪星光33期有志の面々。

 

卒業してから今年で30年。

その記念行事の企画を話し合う。

開催は9月半ば。

秋晴れの好天に恵まれること間違いない。

 

どの期もそうであるが30周年のお祝いは盛大に執り行われる。

当然、33期も例外ではない。

先生方をお招きし、いまは一端の男子らが当時の小僧に戻ってひととき過ごすことになる。

 

飲み会があるので、今朝はクルマではなく電車で出勤した。

始発電車を待つ顔ぶれはいつも同じ。

 

毎度おなじみ、杖つくご老人の姿もあった。

今朝も無事席にありつけるだろうか。

 

電車の扉が開くやいなや、ご老人は左右見回し座席の空隙を物色する。

今朝はあいにく混み合っていて、十分な空隙は見当たらない。

 

空隙がなければ作り出すしかない。

ご老人は僅かな隙間を前にしそこに立つ。

 

朝の虚ろにまどろむ勤め人風情らがようやく老人の意図を察し席を詰め始める。

ようやく老人は腰掛けることができた。

 

この間、数十秒。

ここは関西。

誰であれ席を得るのは簡単なことではない。

 

見慣れた光景にほっと胸なでおろしたところで、メールが届いた。

始発に乗った、とある。

 

同じ電車の別の車両に息子が乗っている。

そう思うと不思議なことであるが僅かばかり心が弾む。

 

途中、乗り換えの際、同じ電車に乗った仲の二人は顔を合わせた。

じゃあ、といって別れただけであるが、その場面だけ辺りと比して明度増したように感じられた。

 

同窓会もまた似たようなものかもしれない。

いっとき乗り合わせた仲が集って、やあ、と声を掛け合う。

「やあ」と互いを懐かしむ至る所にスポットライトが当たるのであるから、日頃の「やあ」とは大差ある。

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Andrei Pandele, Bukareszt, 1982.