夕刻、家内と待ち合わせて寿司屋のカウンターで隣り合った。
夏日だったからビールが美味しい。
ゴクリ一杯目を飲み干したところでいきなり釘を刺された。
「飲み過ぎないように」
はいはいと言って、前菜に箸をつけようとしたとき、焼きタラコを取り上げられそうになった。
「これは食べない方がいい」
虎の子のタラコを死守して、わたしは言った。
大丈夫、血液検査の数値は正常。
タラコひとかけらがカラダに障ることなどあり得ない。
せっかくの外食なのに口を開けば「飲み過ぎるな、食べ過ぎるな」のオンパレードで、このところ何かと口やかましい。
「今日は外食だから、明日はまっすぐ家に帰ってくるように。
疲れていると思うから、クルマでサウナまで送る」
放っておいてくれ。
そう心の中で思いながらわたしは家内の言葉を聞き流し、金曜の夜はどこかひとりでぶらつこうと夢想する。
でも結局は家内の引力圏内に押しとどまることになるのだった。
口うるさかろうが、家内が述べているのはわたしの利益につながることばかりであって、まったく悪気はない。
むかし占い師が言っていた。
家内は善の人。
筋金入りの世話焼き女房なのであるから、反発したところで無駄な抵抗。
わたしは方針を転換し口答えを止め、いちいち家内の言葉に従うことにした。
そして、タイミングを見計らって息子のことを話題に引き入れた。
スペイン、サウジに続く次の出張先はギリシャ。
息子について話せば、家内の頭と心は息子のことで占められる。
この日も同様。
わたしへの関心などいともあっけなく跡形もなく消え去った。
異国に赴き、よくもまあたった一人で渡り合えるもんだ。
そんな風に家内が感心しているうち、わたしはブラインドサイドを駆け抜けて、日本酒二合を飲んでハイボールにまでたどり着くことができたのだった。