たしか小学3年の青木先生の授業だった。
年賀状について教わって、互い同級生らで送りあった。
それが年賀状に手を染めるきっかけになった。
以降、歳を重ねるごとに習慣として強化され、毎年12月になると礼を欠いてはならないと間際になって大わらわするのだった。
ここ数年はある程度作業が自動化されて楽になった。
が、それでも負担であることに変わりはない。
心はあっても、伝えるのに骨が折れる。
で、結局いつも心は思い惑うのだった。
それがここ最近、世相に変化が兆し始めた。
年賀状じまいとの便りが次々寄せられるようになって、わたしの心はときめいた。
名案ではないか。
心はあっても忙しく、この一年はなんと言えばいいのだろう「人生過去一」で忙しい。
だからどう考えても真似しない手はないだろう。
で、昨日、事務所で宣言したのだった。
年賀状はとりやめる。
年末にかけての送付物には年始の挨拶を失礼する旨をしたためよう。
ああ、これで。
解放感にひたりつつ、しかし一点の曇り。
年賀状のみやりとりする友人らの面影がよぎった。
しかし思い直した。
それを友人というのがそもそもおかしいのであって、これを機会に今後は数年に一回でも会おうではないか。
せめて折々メールで近況を交換しよう。
そうであってこその友人というものだろう。
年賀状を隠れ蓑に、有名無実な関係を延命させても互い得られるものはなにもない。
虚礼を脱し、これを機会に実のあるコミュニケーションを復活させるべきだろう。
小学3年と言えば僅か9歳で、いま55歳。
46年もの歳月を経て、ようやく当時の呪いが解かれようとしている。

