きじ歯科での診察を受け終えた家内がクルマで帰ってきた。
時刻は夕刻5時。
わたしは助手席に乗り込んで、家内の運転で一緒にジムへと向かった。
貴治先生は手際よくすべてが素早くて正確。
ほんと腕が確か。
運転しながら家内がそう言って、わたしは頷いた。
貴治くんの手先の器用さについては周知の事実。
33期、特にデビル軍団ならみんなそのことを知悉している。
いつものとおりレーンを独占し夫婦で泳ぎ、泳いだ後はひとときジャグジーで過ごした。
ああ、なんて気持ちがいいのだろう。
続いて家内はサウナへと直行し、わたしはマシンエリアでもう一汗流すことにした。
運動するとしみじみ思う。
世の中にこんなに気持ちのいいことはない。
なのに一体なぜ。
ジム活を億劫に感じることがあるのだろう。
ジムでのんびり過ごし、西宮阪急へと寄った時間は閉店間際になった。
残り5分。
広いエリアをジャージ姿の夫婦が早足で駆け、夜の腹の足しにする天むすや餃子を買い求めた。
やれやれ今日も無事に一日が終わった。
そう安堵して夫婦で向き合って食事していると、家内が「こんなメールが来た」と携帯をわたしに差し出した。
それをみてわたしは思った。
さすがセキュリティ万全のカード会社である。
家内がこの日、普段ではないような高い買い物をした。
本人確認の照会として絶妙なタイミングではないか。
わたしは感心しつつログインし、業務をこなすように素早く本人の証としての情報を入力していった。
カード会社からワンタイムパスワードも送られてきて、これで完了と思った瞬間、弛緩が突如、硬直に打って変わった。
ワンタイムパスワードはGメール宛に届いていた。
が、よくよく見れば本人照会のメールはiPhone専用のメール宛だった。
家内のiPhone専用のメールをカード会社に登録した覚えはなく、直感が告げ知らせたとおり。
なんとこれはフィッシングメールだったのだ。
大慌てでわたしは真正なアカウントにログインし家内のカードを使用停止にして、同時にカード会社に電話した。
調べてもらってすぐに判明した。
わたしが入力したデータはすぐに悪用され、ドバイロイヤルホテルと香港エアラインズからかなり高額の請求が来ているとのことだった。
ほんとうに間一髪、使用停止にしていたから請求だけで決済されず難を免れた。
ああ、なんて巧妙なのだろう。
硬直したままわたしは世に満ちる悪意に震え上がった。
自分の携帯であれば出どころの奇異にすぐに気づいたのだろう。
が、開いた画面の状態でひょいと渡されれば、精妙に作り上げられた画面からその真偽は判別しがたい。
どう見たって日頃見慣れたアプリの画面と同じなのである。
それになおかつワンタイムパスワードまでそれらしく送られてくれば、疑いようがないではないか。
こんな高度な技術は、是非とも善の用途で用いてほしい。
懇願するような気持ちになりつつしばらく震えがおさまらなかった。