予約の時間に間に合うよう家を出た。
店の前にはすでに人影があった。
午後8時からのスタートを待つ客らだった。
わたしたちもその傍らに立った。
客層が想像とは異なっていたのでわたしたちは身構えた。
定刻、店内へと通され席に案内された。
席幅が狭くわたしたちは戸惑った。
普段どこであれゆったり目の席に慣れている。
パーソナルスペースの中に知らぬ人の肩や肘が迫って息が詰まった。
普段接することのないような素性不明の男性らにわたしたちは左右を挟まれていた。
だから詰まった息を更に潜める必要があった。
家内が塞ぎ込むような表情になるのが分かった。
それを見てわたしも帰りたいと思った。
かといって、ここで席を立つような度胸もなかった。
わたしは飲まず、家内も飲む気にはなれなかったのだろう、黒烏龍茶を頼んだ。
わたしたちの席からはげんなりとした空気が立ち昇っていた。
店主も女将もさぞやりにくかったことだろう。
それでもたんたんと仕事が進み一品目が差し出された。
家内の和食の先生がおすすめするだけあって、料理は出だしからとても美味しかった。
それで少し、ほぐれた。
よくみると器も凝っていて美しい。
後ろ寄りになっていた家内の重心が前へと戻り始めた。
食事がすすんで聞こえてくる会話から警戒心も徐々に解け、席幅の窮屈さにもだんだん慣れてきた。
それにつれ家内は饒舌になって店主と女将とも打ち解け始めた。
この様子を真横でみて客商売のたいへんさを思い知らされた。
今回はわたしたちが腫れ物的な存在になったのであったが、こんな不機嫌を前にしても感情をぐっと呑み込み平然と明るく仕事をし平素の出力を保たねばならない。
まさに見習うべき姿だった。
結局は贅を尽くした美味に心まで温まり、わたしたちはその場を大いに楽しんで、今度は友人らも誘おうと愛しい彼らの顔を思い巡らせた。
寒風のなか帰宅の途につき、たまたますぐそばに近頃名を馳せる焼鳥屋があることを知った。
土曜の夜。
家でじっとしているより遥かに多く有用な情報を得ることができた。
やはり犬も歩けば、なのだった。