朝、出発の際、じゃあねと家内に声をかけた。
ソファに寝そべってくつろぐ姿が微笑ましい。
幸福を絵に描けばこうなる。
そんな様子を目にして男冥利に尽きるような思いがした。
ごゆっくり、と言葉を付け足しわたしは仕事に向かった。
昼にかけて、汗ばんだ。
このまま初夏へと季節は一気に加速していくのだろう。
もはやジャケットは不要。
衣替えを促されるような陽気に時の歩みの速さを思い知らされた。
業務を無事に終え、頭も空っぽにその身軽さにくつろいで家内とやりとりした。
午後6時、わたしの到着時間に合わせ西宮北口駅まで迎えに来てくれるという。
ロータリーへと続くエスカレーターを降りると、真ん前に家内がクルマを停めて待っていた。
クルマに駆け寄り助手席に乗り込もうとドアを開けたとき、阪神バスが猛スピードでわたしの真後ろをすり抜けていった。
もしわたしがよろめくなどしてバランスを崩していたら、ひとたまりもなかったに違いない。
身が凍って、わたしはその場に立ち尽くした。
駐停車するクルマが邪魔なのは分かる。
が、警告するにせよいくらなんでも乱暴すぎるやり方だろう。
無事、助手席に乗り込むとそこは、苛立ちや焦燥が渦巻く外界とは別世界だった。
平穏に満ちた空間に腰を下ろすと家内が言った。
蕎麦を食べよう。
それでわたしは芦屋の土山人に電話を掛けた。
営業日のはずが応答がない。
続いて夙川の侘助に電話した。
空きはあと2席とのことだったから6時半には着くといって予約した。
いつのまにか日がのびて6時半でもまだ明るい。
のれんをくぐりテーブル席に腰掛けた。
順々に運ばれてくる季節のあてに舌鼓を打ち、中盤からは美味な蕎麦をたっぷり楽しんだ。
このところイケる口になった家内は日本酒を頼み、二杯目の奈良の酒「風の森」が微炭酸が効いて殊のほか気に入ったようでご満悦だった。
いろいろあっても毎日毎日、今日という日がふんわりと着地する。
仕事のあれやこれや、真後ろを間近に過ぎたバスの轟音、そういったものはきれいさっぱり掻き消えていった。