上野駅から山手線外回りで新宿へと移動した。
知らない駅ばかりで家内には新鮮だったようだ。
鶯谷に美味しい焼肉屋があるなどすぐに調べ、今度は上野に泊まろうと意欲満面になっていた。
いつもと異なる風景に触れる。
旅においては単に電車に乗るだけでも楽しいのだった。
新宿の人混みは尋常ではなかった。
人の渦に巻き込まれそうになりながらも前へと進み、予約してあった游玄亭を目指した。
叙々苑グループ最高峰の店である。
女房の誕生日祝いの場にふさわしい。
店の人のおすすめに従いまずは吟味ランチを頼み、そこに別途、肉を追加していった。
食は記憶の扉を開く。
焼肉と言えば、ツラミ。
下町育ちのわたしにはそれが定番だった。
100グラム500円だから家計に優しく、食べ盛りにもってこいだった。
鉄板プレートでどんどん焼いて、ご飯を何杯もおかわりした。
おかん、ありがとう。
昔の光景がよみがえり、感謝の気持ちが込み上がった。
一方、女房のところの焼肉は本格的だった。
義父が炭を起こして肉を焼き、タレは義母の特製だった。
子どもたちが小さいときは焼肉と言えば八尾。
女房の実家が焼肉の代名詞になっていた。
そのように焼肉を通じてよみがえる家族の歴史を胸の内で振り返りつつ、極上の焼肉を噛み締めた。
食後、新宿御苑へと足を向け咲き残る桜を鑑賞した。
春の光に包まれた庭園は大勢の外国人観光客で賑わい、国際的な祝祭の場と化していた。
様々な言葉が飛び交い、異文化の香りが漂って、日本にいることをわたしたちは忘れて過ごした。
花見を終え、続いて自転車を借りた。
季節はサイクリングにうってつけだった。
家内に率いられる形で走り、四谷、麹町と経て皇居外苑を反時計回りにまわって丸の内へと至った。
この夜、アド街ック天国では二重橋前が特集される。
その予習を兼ねて、そこらをぶらついた。
たっぷり自転車を漕いだにも関わらず、一向にお腹が空かなかった。
昼の焼肉のお代は48,000円。
それくらい食べると、寄る年波、もはや夕飯など入る余地はないのだった。
だからだらだらと部屋でくつろいだ。
時間になってアド街ック天国を二人で楽しんだ。
旅先では単にテレビをみるだけでも新鮮。
毎回お馴染みの番組がどうしてこうも興味深いのだろう。
さっき通り過ぎてきた光景を画面上に見ながら、実はその向こう、わたしたちは二人で過ごしてきた膨大な歳月に見入っていたのかもしれなかった。