旅が思いがけない扉を開く。
先日、パリを旅した際、日本人シェフが腕をふるう店をいくつか巡った。
そのなかのひとつ「Baillotte」を訪れたときのこと。
隣席の老夫婦に話しかけられた。
世界を旅しているとのことで、東京では六本木にお住まいだという。
わたしたちが西宮在住だと言うと、それなら、神戸の「アントル ヌー」は絶対に行った方がいいですよ、と強く勧めてくれた。
その場で店の名をiPhoneにメモし、帰国後すぐに席を予約した。
家内と神戸で遊ぶのは、久しぶりのことだった。
神戸にもたくさんいい店があるに違いない。
これからはここらも活動エリアに組み込もう。
そんな話をしながら、三宮駅を降り、そこから歩くこと5分ほど。
「アントル ヌー」の扉を開いた。
そこは異空間だった。
聞けば、海や山など自然をモチーフにした設計だとのこと。
それで出だしからすっかり心を解きほぐされた。
やがて食事がはじまり、わたしたちは感嘆し、心の底から楽しんだ。
なんて料理の世界は奥深く、驚きに満ちているのだろう。
細部にまで趣向が凝らされ、目で見て美しく、もちろんすべてがこれ以上はないといったレベルの味わいへと仕上がっていた。
もちろんペアリングで頼んだワインもどれもこれもが素晴らしかった。
料理と絶妙に響き合い、その相乗効果で、その味わいは「これ以上はない」という完成の域を軽く踏み越えていった。
かなりの品数が供されて、しかし、楽しかったから、あっという間に時間が過ぎた。
まるで、夫婦でひとつの舞台を鑑賞したかのような、そんな充足と興奮を覚えた。
そうなると軽くお腹が空くのも当然で、わたしたちはしばし神戸の街をさまよい、やがて家内の焦点は「神戸といえば焼き餃子」という一点に定まっていった。
選んだ店は「張記」
夜10時前だというのに若者たちで賑わっていた。
ひと口食べて、思わず顔を見合わせた。
まさかここまで美味しいとは。
ワインとフレンチとは別世界。
ビールとギョーザであっても、わたしたち夫婦はその両極を同居させて楽しむことができるのだった。
さすが家内。
すごすご帰ることなく、このように神戸の夜に小さくも確かな爪痕を残してくれた。
では帰ろうとJRの駅に足を向けると、接触事故があったとのことで運行停止になっていた。
では、阪急か阪神か。
一瞬で阪神と決め、直通特急に乗り込んだ。
最寄り駅で降り、かつてよく一緒に歩いた道をたどり、結局、小一時間、横並びになって思い出にふけることになった。
パリでの一幕が開いた扉の向こうにわたしたちはいた。
夜風が涼しくとても心地よく、新旧様々な思い出がこの夜道に織り込まれ永遠へと昇華されていった。