業務の全てについて最終的にはわたしに責任がある。
だから思いがけずリングに立たされ、サンドバックみたいに連打を浴びることがある。
人生ほど重いパンチはない。
ロッキーの言葉を思い出しつつ、片膝つきそうになるのをなんとか持ちこたえた。
ともかくゴングに救われた。
一時休戦。
待ち合わせは午後6時半。
時計を見ると7時半を回っている。
わたしは事務所を出てタクシーに飛び乗った。
目的地は南森町の和食いいくら。
美味しいとの情報を家内が聞きつけ、この夜、二人で食事する予定になっていた。
8時目前、家内の隣に座ってようやくコース料理に合流となった。
家内を見ると、待ちくたびれた感などなく、結構、場に馴染んで楽しんでいる風であった。
やはり噂に違わぬ名店、一人で座っても居心地よく過ごせるようにできている。
さっきまでリングの真ん中。
そう思えばこのカウンターは、戦闘から退避できるコーナーのようなものであるから、お店の至れり尽くせりが直に心に沁み入った。
おまけに、仕事のパンチを受けすぎてフラフラであったから意識に夾雑物なく五感は鋭敏になっていた。
料理の美味が明瞭に分かって、お酒の効きも早かった。
数品頂いて落ち着いた。
まわりに目をやると客席はすべて埋まっていた。
すべてカップルだが、夫婦という組み合わせはうちだけであるように見えた。
家内は料理のあれこれや萬古焼の釜などについて板さんに質問を続け、わたしは聞き流して味わうことに専心した。
ラストは鯛めし。
一膳だけ食べ、後は二男のためおにぎりにしてもらった。
店を出て電車に乗って、いつものとおり駅前のスーパーに寄った。
先に二男が家に帰っているからと、アイスにフルーツにとカゴに投入される品数はいつにも増した。
リングでは痛打喰らうが、その分、もっけの幸いもたて続く。
炭火手焼の高級うなぎが家に届けられていた。
送り主はわれらが足長おじさんドクター・オクトパス。
先日夫婦で上京しようとしたとき長男は沖縄へ出発する直前だった。
それで行き先をソウルに変更したのであったが、今度は月末の期末試験が終わった頃に長男の顔を見に行く予定になっている。
毎日食べたい、そう言うほど長男はうなぎに目がない。
家内は自分が食べようなど思うより先、息子のことを考える。
東京に行くときのいいプレゼントができた。
家内は何度も頷き、それら真空パックを手にし眺めて、何度も何度も喜んだ。