KORANIKATARU

子らに語る時々日記

濃い日と薄い日についての正解談義

たまには家内と昼食をともにする。

出先で待ち合わせ、家内が選んで予約してくれた店のカウンターに並んで座った。

 

長男を東京にやってまもなく一年。

夫婦の会話は長男の話題から始まった。

 

ちょうど一年前のいま、大学入試の真っ只中だった。

が、日々長男が送ってくる近況を聞けば、緊張に震えた激戦がついこのあいだあったなど半信半疑といった感にもなる。

 

西大和の上京組と引き続き仲がいいだけでなく、同じ大学、数々の他大学、留学生にも連れができ、ジムではサウナで語り合う社会人の友人ができ、バイト先では会社経営者や医者や弁護士、それに上場企業の部長級といった方々とコミュニケーションをとる。

 

長男を東京にやったのは正解だった。

彼の話を聞くにつけそう思う。

 

同じ一日でも、濃い日もあれば薄い日もある。

日記を書いているとその濃淡に敏感になる。

 

薄ければあってもなくても同じようなもの。

どうせ生きているなら一日はエピソードに満ちた濃いものであった方が好ましい。

若い時分なら尚更。

 

東西を比較すれば、人であれ情報であれ文化であれ経済であれ、あらゆる点で集積度が異なる。

東の方が濃い、とみて間違いないだろう。

 

たとえば、早稲田。

あくまで印象論であるが、早稲田出身者は多弁。

これはおそらく、大学で過ごす日々の濃度が影響してのことではないだろうか。

 

濃いから語ることが山ほど生まれて熟成されて、それらが溢れ出し黙ってられない。

だから喋るなり書くなりするしかない、ということになる。

 

そんな早稲田の者らとも友だちになったようなので、彼を取り巻く世界の濃さは今後ますます増していくことだろう。

 

この日の午後、二男が通う塾を訪れることになっていた。

腹ごしらえを終えてから夫婦揃って梅田方面に向かった。

 

高1までは違う塾に通っていた。

少し星光色が強まりすぎたからだろう、塾が学校生活の延長と化したように思えた。

塾は塾であって、異なる環境であった方がいいだろう。

それで、いろいろ情報を聞いて集めて、高2から塾を変えたのだった。

 

私学のライバル校だけではなく公立の者らもいて刺激があって正解だった。

先生も非常に親身だった。

 

大阪星光でもいまや塾に通うのは当たり前のことだろう。

熱心な先生もいれば、そうでない先生もいる。

その凸凹を塾が補完してくれるから必需と言える。

 

例えば、66期の英語の先生は生徒からの人望厚く指導力高く、高2の秋から有志募って東大英語講座を開講し、きめ細かな添削指導までしてくれる。

が、もちろんそんな先生ばかりが学校にいる訳でない。

 

一方、いい塾にはずらりとそんな先生らが揃っている。

 

あれだけ面倒見よく、精鋭の教師が揃う西大和でさえ東大については通塾の有無が成否を分けた。

 

少子化などどこ吹く風。

最上位の競争のレベルは低減することなく熾烈を極め続けている。

実際、問題の難度は昔とは比べ物にならず、かといって合格最低点が下がるわけでもない。

 

塾は勉強のできない者が行く所。

そんな常識はいまや昔の話となった。

 

夫婦で話を聞いてほっと胸を撫で下ろした。

新学年になって東大クラスの先生が変わる。

その交替は吉と出るのか凶と出るのか。

気を揉んでいたが、かなりの実力者だと分かって大船に乗ったような気持ちになれた。

 

あとはまあなるようになるのだろう。

来年のいま頃もまた夫婦で美味しく楽しく正解談義に花を咲かせられれば言うことはない。

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2020年2月21日 息子の朝食と弁当

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昔の2月21日 2019年 キハチ青山本店,フルーツパーラーフクナガ,四谷八竹