日曜の朝は夫婦でジム。
新型コロナの影響で中断していた習慣が復活した。
息子にウナ丼を食べさせ送り出し、ほぼ同時、家内を助手席に乗せわたしたちも家を出た。
前日に続いて力を入れるのは筋トレ、というより筋トレだから当然力が入る。
節々に残る筋肉痛などお構いなし。
一時間近くかけカラダの各所に負荷をかけ続けた。
仕上げは傾斜を設定しての30分速歩。
次第苦しくなって顔が歪むが、途中でやめれば情けなさで顔が歪む。
だから耐えて堪えて歩き抜く。
運動から解放されたとき、一日の義務を果たし終えた満足感が込み上がった。
後は自由。
家で風呂を済ませて身支度整え、家内を伴い京都に向かった。
家内が人気の洋食屋を先月から予約してくれていた。
昼から二人でワインを飲むつもりだったのでクルマではなくJR京都線を使った。
ほどよく曇って、7月の京都なのに暑くない。
烏丸御池で降りて徒歩5分ほど。
町屋の横丁に「洋食おがた」を見つけることができた。
こぢんまりとした店内に清潔感が隅々にまで行き渡っている。
だから広々と感じられて居心地よく、呼吸がおのずと深まった。
カウンターに腰掛けて、オススメどころを聞いて家内が頼んでいった。
辛子で食べるカツオ、歯ごたえ十分な生ハム、野菜の風味芳醇なスープなど、前菜陣からして相当なレベル。
だから、メインのハンバーグとポークカツが息を呑む美味しさであっても心の準備ができていた。
ビールをワインに変えて家内と乾杯。
たいへん素晴らしいお昼ご飯を味わえた。
この共有の思い出は、普通ではない。
なぜなら、ここは京都。
まさに乾杯に値した。
食後、ぶらり歩いて、改装中の京都市役所を左手に見て商店街に入った。
結構な数の人出のなかを歩いて、思いついた。
土日でカラダを酷使したから、マッサージしてもらおう。
グーグルマップで調べると40m先に「癒し処リカバリー寺町店」という店があった。
電話するとタイミング良く予約の谷間、二人同時に面倒を見てもらえることになった。
家内には若い女性がつき、わたしの担当を買って出たセラピストはかなりのベテランという雰囲気の方だった。
アロマを使うとマッサージの効果が倍増する。
ベテランの手に揉まれ撫でられ擦られて、ときに痛いがおおむねは夢見心地。
わたしは寝転がって弛緩して、とろけて惚けた。
パーテーションを挟んで隣は家内。
すやすやという寝息が聞こえてきたから、家内の方はまさに夢を見ていたに違いない。
施術を終え、互い満ち足りた顔で再会を果たし、再び町へと繰り出した。
ビフォー・アフターで大違い。
カラダ軽やか夫婦で歩く京都は情緒たっぷり、実にいいものであった。
しばらく歩いて家内が言った。
せっかく癒やされたから、さっさと帰って映画でも観よう。
わたしも賛成。
道すがら高島屋でヨガウェアを買いその足で阪急電車に乗って、半時ほどでわたしたちは大阪の地に舞い戻った。
駅をあがり南森町のコーヨーでスパークリングや牛乳や弁当の肉といった日用の食材を選ぶ。
前日買物したばかりであったが、買えども買えども、まだ足りない。
うちでトラでも飼っているようなもの。
以前は、ひとつ屋根の下にライオンもいた。
エサ係の労は計り知れないものだった。
夜は軽め。
家内が生ハムサラダを作り、それが夕飯。
スパークリングを開け映画を観始めた。
選んだのはプライム・ビデオの『シークレット・ミッション』。
この映画をみてやっと『愛の不時着』第10話のラストシーンに込められていたのかもしれないメッセージが胸に届いた。
彼の国ではすべての人がその映画の結末を知っている。
だから、『愛の不時着』第10話のなか、緑のジャージを着る男が唐突に姿を現したとき、誰もが一瞬その目を疑ったことだろう。
映画の設定と同様に、彼はおどけてはしゃいで、そして走り去る。
結末を知るからこそ、飛んで跳ねるその背に観る者は深い喜びを覚えずにはいられない。
『シークレット・ミッション』はそれくらいに重く切なく悲しい映画だった。
日本だとこんな結末はあり得ない、それが家内の感想だった。