夕刻、事務所に戻った直後、雷鳴とともに激しく雨が降り始めた。
外の異変と内の平穏のコントラストが金曜夕刻の安堵感を一層倍加させた。
なんとか無事、お盆休み明けの一週間を乗り切った。
束の間、肩の荷降りるこの解放感がたまらない。
まもなく雨があがり家内と一緒に帰途についた。
あとはくつろぐだけの金曜でいいのでは。
だから、今日はやめよう。
家内も同意見だった。
長い人生、たまにジムをさぼってもバチは当たらないだろう。
家内の運転で芦屋を目指した。
夜7時を過ぎると芦屋大丸の食品売り場で割引セールが始まる。
それを見越してのことだった。
到着がちょうど7時。
やんごとなき方々の残り物を漁る飯貰いのごとく、わたしたちはカートの上下にカゴをセットし店内を巡った。
寿司が2割引。
それがまず目についた。
種々の寿司を食してきたが、ここの寿司はパック入りにしては上出来の美味しさである。
息子の夜食にもちょうどいい。
家内はネタで選び、わたしは息子の分を含め握りの数で品を選んだ。
続いて和牛。
半額とのシールが貼ってある。
わたしと家内は喜色満面、肉を二束手に取った。
元が高いから半額でちょうど普通の値段。
そうと分かったうえでしかし、得した気分になれるのであるから得しているも同然と言えた。
そして果物、野菜、魚介と買い、結局、なんのこっちゃわざわざ足を運んで出費して、得した気分になっただけのことであるが、得したと家内が喜ぶのであるからそれが何より。
いい買い物ができたと喜ぶ家内に合わせ、わたしは何度も頷いた。
帰りは下道。
引き続き運転は家内。
助手席に座って薄暮に染まる車窓の景色をぼんやり眺め、しみじみと思った。
わたしはこんな風になりたかった。
遠い昔から思い描いていたのが実はこれだった。
どうすればこんな風になれるのだろう。
ずっと思案しているつもりで長い間、実際はただ漠然と夢想していただけのようなものであった。
それが忘れた頃に実現したと思えたのであるから、しみじみくるのも当然の話と言えた。
客観的な視点で見れば、しがなくちっぽけな自営業者であり、見栄えはもちろん肩書き含め見劣り感は否めない。
絶対、正解はそっちにない。
誰もがそう思うような道を苦し紛れに選択しただけのことなので、夢想は夢のまた夢となるのだろうと自分でも薄々思っていた。
ところが、なんということだろう。
これが身の丈、ちょうどこんな椅子を探していたのだという椅子に巡り合ったようなものであるから、居心地よくて、本人としては不満の漏らしようがない。
なんといっても、自分の時間を、自分の身幅で自分の身体感覚のまま渡り歩けるということが喜ばしい。
気を許せば嬉しくて、子どもみたいについ足をバタバタさせてしまうのではないだろうか。
ハンドルを握った当初からぶっちぎりで話し続ける家内の勢いは衰えることを知らない。
わたしは、終始生返事をしているだけであるが、この感じもたまらなく気に入っている。
そうそう、こんな風でありたかった。
夫婦の在り方としても思ったことがいつの間にか実現していたということになる。
帰宅し支度を整え家内と夕飯を共にする。
この日の主役は家内手作りのレバー。
比内鶏のレバーを牛乳に半日つけてくさみを取り除き、麹につけて作り上げた力作である。
一方、対するは大丸の惣菜屋で買ったレバー。
食べ比べてみる。
市販のものもおいしいが固くて味に膨らみがない。
それに較べ家内のものは、味がふっくら豊かでまるでフォアグラ。
こちらの方がはるかに美味しく、鶏レバーというカテゴリーを超え出て上の階級でも十分戦える出来栄えであった。
金曜夜、テレビもつけずただ音楽を流し、夫婦でお酒を飲んで料理を楽しんだ。
さっき夢想が叶ったと言ったが、ここまで虫のいいことは考えてもいなかった。