近所に越してきた奥さんが、知らぬ顔をする。
顔を合わすたび会釈するのに無視されるから気が悪い。
そんな話を父から聞いていたので、当然、わたしは会釈すらしない。
実家に寄る際、その奥さんをしばしば見かける。
わたしがとおりかかるときには夫もいて、外で子どもを遊ばせ水撒きなどしている。
四十代の夫婦で夫はどこかの教員と風の噂で聞いた。
こちらの方は、幾分へりくだった感がある。
だから、挨拶すればつられて会釈が返ってくる、そう思う。
が、奥さんの方は偏屈さに凄みがあってややこしい雰囲気を漂わせている。
凶を招く、そんな風体と言える。
わたしは挨拶せず真横を素通りする。
以前は、長男と二男を伴い男三人で無視して通り過ぎたこともあった。
男手の数でこちらが圧倒し、ことさら意識に留める相手でもないはずだが、挨拶がないことに起因しすわ一触即発ということになるのであるからやはり人はまだまだサルなのだった。
おそらく向こうは向こうで思っているに違いない。
あの家に出入りする連中は、なってない。
もちろん、わたしが「なってない」のはその場所限定の話であって、自宅や事務所など自身が僅かでも関わる場においてはニコニコと挨拶し言葉を交わす。
事務所の入るビルだと大半が知らぬ人であるが、それでもエレベーターに乗り合わせれば挨拶し玄関を出るたび受付さんに会釈する。
無視は敵対の意思表示となり、敵対には労が伴う。
だから仏頂面して無用な敵意を煽れば不本気極まりない。
ニコニコしているのが楽であり、ニコニコしている人は楽をしているから、付き合いやすい。
デフォルトは笑顔、そう心得るのが最も健全で理に適っていると言えるだろう。
いつか方針を改め実家近くも笑顔で歩こうと思う。
笑顔を発すれば最初はびっくりされるだろうが、相手はほっとし一気に緊張が解けるはずである。
そうすれば巡り巡って父に対しても笑顔が返ってくることになるだろう。
そのように笑顔は通りがいいから各所を駆けて場をほぐす。
が、もし笑顔を見せたにも拘らず、見向きもされなければ?
こちらもサルになって出直すしかあるまい。