帰宅はわたしの方が先だった。
家内の帰りを待ってソファに座ってそのうち横になった。
寝転がって目を閉じると意識が変性していく。
疎で散漫な世界が、密に接する世界へと様変わりする。
水上から水面下に意識が降下していくようなものと言えるかもしれない。
普段聞こえない声が聞こえ、自身を取り巻く世界は古くから馴染んだ光景の集大成となる。
祖父母も父母も弟も妹たちもすぐそばにいる、そう感じる。
今夜はお好み焼きのようだ。
夕飯の支度をしながら話す母の声が聞こえる。
わたしも弟もそば入りのお好み焼きビッグサイズを所望し、その後でそばロールも食べると母に言った。
お好み焼きに入れるそばは軽く焦げ目がついているくらいが美味しく、そばロールの玉子はふんわりしているのがいい。
そこにマヨネーズをかけ、弟と異なりわたしはケチャップも少しかける。
じゅうじゅうと鉄板焼のうえでお好み焼きが匂い立つ。
焼き上がったお好み焼きの上に母がかつおぶしをかけ、弟と一緒にさあこれから食べようというところ。
着信音が鳴って、意識がするすると水上に浮上していった。
薄暮の色に染まるリビングのソファにわたしは一人横たわっていた。
携帯を見る。
これから帰るとの家内からのメッセージだった。
貴治歯科での口内クリーニングを終え、事務所の仕事を少し手伝っていたようだ。
再び目を閉じた。
が、もはや意識は変性することなく水面にて跳ね返され、さっきのお好み焼きの場所まで降下することはなかった。
自分のなかに息づくあの世界は自在に行き来できる場所ではないのだった。
お好み焼きは遠い将来の予告編のようなものと思うことにした。
向こうに行けばあの食卓が再現されて、母のお好み焼きを食べる機会が訪れる。
そう思うと目にじんわり涙が浮かんだ。