先日、プサンを訪れた際、現地のタクシー運転手にガイドを頼んだ。
土地勘もなくウロウロするより道案内があった方が充実した旅になる、そう考えたのだった。
観光名所はもとより地元の人が評価するおいしい食べ物屋にも連れて行ってもらえる。
そんな期待もあった。
運転手のイさんは山登りを趣味とし若い頃はマラソンで鳴らした。
若々しく見え、わたしはほんとうに50代後半と思ったのだったが71歳とのことだった。
車内にて同じ時間を過ごすと打ち解ける。
やがて気心も知れて、その生い立ちや家族についても詳しくなった。
イさんには息子が二人いる。
高校時代ともに学業は学校で一番だった。
名門大学を卒業し、いまは彼の国を代表する財閥系の企業に勤めている。
年収は普通の企業人の3倍はくだらないというから韓国もかなりの格差社会と言えそうだ。
息子たちが勉強を頑張ったのはワイフのおかげ。
イさんは言った。
読書好きで物静かなワイフは息子たちに勉強を強いたことは一度もない。
彼らはワイフの背を見て、知らず知らず勉強に夢中になっていった。
そしてよくしたもので二人ともが財閥系のお偉方の娘と結婚し、孫も授かった。
相手の実家に招かれると、どちらも相手が立派すぎていまでも気後れする。
そんな訪問の際、手土産のひとつも必要で孫にあげる小遣いも欠かせない。
となると、僅かな年金だけではままならず、それで昔とった杵柄、日本語を活かしてタクシーでガイドし僅かながらも暮らしの足しにしている。
そんな話を聞きながら、当初あてこんだ通り実にスムーズ快適に観光名所を回ることができ、素晴らしい食事処を数々紹介してもらえた。
加えて、イさんという人物とも交流できた。
だから、この上なくいい旅になったと言えるだろう。
帰国後もふとイさんのことを思い出す。
来る日も来る日も空港へと出かけ、今日もまた出国ゲートで日本人観光客に声を掛けているのだろう。
「タクシーでプサンの街を案内しますよ、どうですか」
大抵は断られるのだろうが、中にはつながる縁もあり、イさんと知り合えた人はラッキーである。
誠実で礼をわきまえサービス精神旺盛で献身的。
イさんから声がかかった時点で、旅がよいものになるのは約束されたようなものである。
また近々、今度は息子らも連れてプサンを訪れようと思う。
街の至る所、いろいろな人々が額に汗して働いていて、その生き生きとした様子が深く印象に残っている。
息子たちにとってもそんな姿を目にすることは意義深いことだろう。
もちろんガイドはイさんに頼むつもりである。