野球を見なくなって久しい。
甲子園球場が近所にあるのに足を運ぶことはなく、テレビで野球中継に見入るといったこともない。
平日は仕事の後で運動しまたは飲みに出て、週末は女房と出かけていずれもあっという間に時間が過ぎていく。
いまや野球と言えばジムのサウナで目にする程度で選手の名前も分からない。
しかし、この日はどういう巡り合わせか。
たまたまテレビをつけると「アレ」がニュースで取り上げられていて、それでチャンネルを阪神巨人戦に合わせた。
中継を横目に、このところ野球を見なくなったことについて女房と話し、そうだねといった簡単な受け答えで終わって、いつものとおり息子のことへと話題が移り変わっていった。
ストレス発散に最適。
そう言って週末は足繁く球場に通い声援を飛ばしていた長男であったが、このところめちゃくちゃ忙しい。
ときに仕事は深夜に及び週末は彼が主題とするテーマの勉強に充てるから、再び野球と疎遠になりはじめているようである。
それにこの日は業務が押して午前様必至という状況であったから、「アレ」どころではなかったに違いない。
そして二男も同様。
かつてのトラキチもいま充実の青春時代真っ只中にあってあれこれ忙しい。
ぼんやりテレビを見るといういとまはなく、おそらく友だちから「アレ」については伝え聞いたであろうが、さして感慨もなく聞き流したのではないだろうか。
そのうちテレビを消して音楽を流し、家内は息子たちのための料理づくりにかかり、わたしは新聞に目を通すなどして過ごした。
と、しばらくして家内の携帯が鳴った。
ソウルにいる妹分からだった。
道頓堀がたいへんだとのことで心配して連絡してきたのだった。
韓国政府が韓国人ツーリストらに向け道頓堀には近づかないよう注意喚起しているという。
安心してください、家でじっとしているので大丈夫です。
今度、こっちに来たとき、かに道楽に一緒に行きましょう。
そんな会話を横で聞きつつ、社会現象とも言える熱狂の蚊帳の外にいる静けさに心地よさを感じた。
今度家族で甲子園球場に出かけるのは、孫がお目見えした頃だろうか。
おらが町の縦縞ヒーローに声援を送ることは必須の情操教育として欠かせない。
トラキチであったからこそ彼らは明朗闊達な男子に育った。
われらがジジババとなったとき、甲子園球場の喧騒の真っ只中へと孫を連れていかない訳がない。