朝、家内を助手席にのせて家を出た。
高速を走って阪神高速松原線の駒川で降り、33期の森山くんが院長を務める「もりやまクリニック」に横付けし家内を見送った。
わたしはそのまま実家へと向かい父をピックアップし生駒方面へとクルマを走らせた。
この日は祖父の命日だった。
墓参りを終え父を実家へと送り届けた。
そこから事務所へと向かって進み、右折待ちをしているとき、横断歩道を渡る女性に目が行った。
見覚えがある。
その女性は家内だった。
右折しつつ窓を開け、ナンパするみたいによおと声をかけた。
評判のラーメン屋がすぐそばにある。
家内がそう言うのでコインパークにクルマを停めて一緒に昼を食べることにした。
具材が凝りに凝り、煮玉子など産み落とされたばかりの卵を5日以上煮付けるというから、細部にわたってのこだわりが普通ではなかった。
さすが家内。
ラーメン屋探索においても抜きん出ている。
食べ終えて今度は家内の運転で事務所まで送ってもらった。
せっかくだから野田阪神の商店街であれこれ買い物して帰ると家内は言った。
そう言えばこのところは息子たちに肉ばかり送って、魚介を欠いていた。
うなぎなどを送れば喜ぶ。
そう思えば労を惜しむ家内ではなかった。
夕刻、わたしは電車で実家へと向かい、運転から解放されたので日本酒を携えひさびさ親父と一杯飲むことにした。
親父が買ってきた近所の寿司屋のにぎりと、家内が昨晩父のためにと焼いてくれた肉をあてにして発泡酒の缶をそれぞれ開けた。
父のための肉であったからわたしは味見するにとどめたが、やたらめったに美味しくて、そりゃ親父の好物になるのも当然と思えた。
熱燗を数杯飲んで母の話になった。
母はせずともいい苦労をさせられた。
わたしがそんな話をしたからだろう。
父の飲むピッチが早くなり、酔いが一気に回ったように見えた。
これ以上飲むとカラダに障る。
そう思い、わたしはさっさと後片付けをし酒を仕舞って実家を後にした。
帰途、立花で途中下車してひとりで飲み直してから家に戻った。
家内がお茶を淹れてくれ、一口すすったそのとき突如「そうだ京都へ行こう」と思い立った。
ちょうど紅葉の頃合い、嵐山がいいとその場でホテルを予約した。
うちでは苦労など寄せつけない。
そんな強い決意が湧き上がり胸は燃えるように赤く染まった。