KORANIKATARU

子らに語る時々日記

わたしたちはずっと一緒に生きてきた

もし息子たちが大学生になっても家に居着いていたら家内はたいへんだっただろう。


手抜きのできる性分ではないから食事から身の回りの世話まで全力を傾けたに違いなく、知らず知らず疲弊し、いくらやりがいがあったとしても幸せからは程遠い心境に置かれたのではないだろうか。


旺盛に食べて飲み、遊び盛りであるから彼らの帰宅はたびたび午前様になり、そんな激しくも不規則なリズムに合わせて動くなど家内にとって年齢的にも無理があり苦痛を伴わないはずがない。


だから大学生になると同時に息子たちが巣立ったことは、彼らの精神的な成長という面だけでなく、家内にとっても良いことであったと結論づけていいだろう。


月に一度は生活指導を兼ね夫婦で上京するから寂しさが募ることはなく、普段離れて暮らす分、顔をみる喜びはいや増しとなった。


だから何気ない場面が名場面となってよき思い出として胸に留まる。

つまりよきものがふんだんにわたしたち家族の間で共有されていくことになる。


先日もそうだった。

長男の空き時間を狙って買い物に付き合い、二男の空き時間に合わせ夕飯に付き合った。


そんな些細な断片も重ね合わせていけば結構感動的な一語に行き着く。


わたしたちはずっと一緒に生きてきた。


そしてその一語が褪せることなく、巨大な喜びを伴って新たに生成され続けているのであるから、これはもう感動と言う以外に表現しようがないだろう。

2024年2月14日 朝昼晩 連日ノンアル