夜に持ち越した仕事があったので、ジムはプールだけで切り上げた。
一日の疲労が泳いで消え去って、頭は冴えわたった。
だから帰途、がなり立てるような電話がかかってきても、まあ平静に対応できた。
相手の胸中を察すれば理解できなくもない。
不安が渦巻いているのだろう。
いまこの瞬間だけの単なる短慮に起因する怒りであると分かるから、発せられる罵声にも汲むべきところが感じられ、そこを選り分けてキャッチすれば親身に受け答えができる。
もし若い時分だったら感情の赴くまま応戦していたかもしれない。
さすがにもう54歳。
慌てず騒がずが板についてきた。
当のお相手を含め関わる人みなのハッピーエンドを思い浮かべれば、こういうときこそ黒子の本領発揮。
ぐっと堪えて黙することにヒロイズムさえ覚えた。
家へと帰り、家内はまだジム活中であったから先にノンアルで食事を済ませ、仕事に取り掛かった。
と、まもなく長男から電話がかかってきた。
雑談しつつ彼の仕事の話になった。
思いも寄らないスケールの話であり、社会人としてまだ一年生なのに、そこまで任されているのかとただただわたしは驚いた。
地球の裏側の物流のちょっとした変動が日本にも大きな余波をもたらす。
その交通整理を誰かが担わねばならず、各国各企業にあたって息子がそれをしているのだと分かって、じんと来た。
その他、将来に向けビッグピクチャーを描いてその実現のため、これぞと思う人物に声をかけ昼を食べ、夜は飲みに行き、社外のつながりも日毎充実度が増している。
その分、友だちと会う機会がめっきり減ったと彼は笑うが仕方がない。
話を聞いてつくづく思った。
ああなるほど、人類の明日のため、そんなビジネスを構築する側に彼は召し上げられたのだった。
電話を切って思い出した。
その昔、まだ小学生だったのに彼は007のDVDに傾倒していた。
いつか世界をまたにかける。
彼のなかそんな種子が当時すでに胚胎していたのかもしれない。
もうすぐ3連休。
今週は平日が一日短いからその分頑張る。
長男の言葉が耳に残っていた。
わたしの場合、またにかける世界はせいぜい京阪神にとどまるが、息子に恥じない程度には頑張ろうと思った。