昼過ぎにエディンバラを発ち、午後3時にはヒースロー空港の到着ゲートを抜けた。
何組かがタクシーを待っていたがすぐに順番がやってきた。
ちょっと行儀の悪そうな運転手だったので一瞬躊躇した。
が、流れのままそのクルマに乗り込むほかなかった。
道路はかなり混み合っていた。
「道の選択は正しいのか」
この世で渋滞ほど嫌なものはない。
そんな家内であるから運転手にそう問い質すのはごく自然なことだった。
この道しかない。
文句があるなら交通量をコントロールしようとしない政府に言ってくれ。
運転手は苦々しい感じでそう答えた。
到着まで40分ほどと見込んでいたが軽く一時間はかかりそうな雰囲気だった。
わざと混み合う道を選んでチャージで稼ごうとしているのでは。
家内は運転手の不心得を疑った。
そんなせこい魂胆でわざわざひどい渋滞の道を選ぶ暇人はいない。
わたしは家内にそう言うが、「そうだね」と納得する家内ではなかった。
次第、車線変更など運転の仕方についても家内は違和感を覚え始めた。
そのたび日本語でダメ出しをするのだが、そういったニュアンスはやはり言葉の壁を軽く越えて相手に伝わるのだった。
なんとも重苦しい雰囲気の車中となった。
わたしはそういった空気が耐え難く、おそらく運転手も耐え難く、しかし家内は平気のへの字であった。
家内がもし男に生まれていたら大勢を束ね絶対に何か重きを成す立場の人物になっていたことだろう。
目的地であるWロンドンまでの料金は100ポンドを超えた。
家内はぼったくられたと思って不機嫌さをあらわにしたが、わたしは運転手に礼を述べて表示された金額を支払った。
が、チップは上乗せしなかった。
ちなみに帰りはとても親切でフレンドリーな運転手にあたった。
金額はほぼ同じだった。
つまり、ぼったくられた訳ではなかった。
チェックインして荷物を置いてすぐに街へと出た。
家内は長旅から、わたしは運転手の固い表情から解放されてピカデリーサーカスをのびのびと歩いた。
まさに人種のるつぼ。
その多種多様が織り成すド派手な賑わいに気圧されそうになりつつも、まずは食事を求めてチャイナタウンへと足を踏み入れた。
米と麺が必要だった。
だから中華の一択だった。
人気店を狙い撃ちしたのであったが、幸い数組が待つだけですぐに席にありつけた。
家内があれこれ頼んで、どれも正解。
めちゃくちゃ美味しかった。
気づけば店外には列ができていた。
腹ごしらえを終え、街を練り歩いた。
トラファルガー広場から南へと向いてビッグ・ベンを目指し、テムズ川を眺めてウェストミンスター橋を行ったり来たりした。
川を吹き渡る涼しい風に吹かれつつ世界から集まった観光客らの様々な言語に触れ、周囲はすべてイギリスのシグネチャーとも言える名所だらけであったから、このときわたしたちは「観光」の何たるかを肌で感じた。
映画で目にするような燦然とした光景のなか、そこに家内がいてわたしがいた。
ミリタリー・タトゥーを目玉に据えた旅程であった。
しかし、ここで過ごした瞬間こそが、いま思えば旅のクライマックスだったという気がする。