金曜夕刻。
仕事が片付いたので家内にメールを送った。
どこかでご飯を食べて買い物しよう。
案の定、誘いに乗ってきた。
職場と家のちょうど中間地点。
尼崎で待ち合わせることにした。
改札を抜けキューズモールへと続くアプローチを進む。
春の訪れか。
そう思わせたここ数日の陽気は夢幻のごとく消え去って、気持ち先細るほどの冷風が容赦なく吹き荒んでいた。
凍土で暮らすなどあり得ない。
寒さに慄き、ひとり極寒の地をイメージし滅入っていると電話が鳴った。
家内からだった。
遅刻を知らせる電話だろう。
そう思って受けたのであったが、声が近くて反射的に振り向いた。
と、そこには見知った人物。
その名は家内。
やあやあ、と手を振って合流した。
多く語らずとも行き先はもりもり寿司で一致していた。
確か美味しかったはず。
記憶も一致していた。
テーブル席で向かい合い、さあ寿司を堪能しようと本日のおすすめあたりから頼んでいったが、やがて家内の表情はくぐもった。
思ったほどおいしく感じられず、同じ回転寿司なら大起水産の方が上ではないかと話し合い、そんな仮説を確かめるみたいに、次々と運ばれてくる寿司を首傾げながら噛み締めた。
結論が確定したところで箸を置いた。
会計を済ませるとスクラッチカード3枚がついてきた。
わたし一人なら面倒なので捨ててしまったかもしれないが、家内がまるで子どもみたいにやる気満々、その場で削って3枚目にオレンジ賞とやらが出た。
オレンジ賞が何なのか知りもしないくせに、やったと家内は喜んで、だからわたしも喜んだ。
はたして何がもらえるのだろう。
引き続き子どもみたいに胸踊らせる家内とともに引換所に行き、驚いた。
オレンジ賞だと商品券が5,000円分もらえるのだった。
そうと知って家内ははしゃぎ、だからわたしは商品券を手に笑顔満面の家内を写真に撮った。
この商品券であれを買おう、これを買おう。
まるで夢見る乙女のように目をキラキラさせる家内であったので、現金で1万円もらえるよりこちらの方がはるかに嬉しいのだろうと思えた。
だから当然、今夜息子が帰宅した際のトップニュースは、オレンジ賞で決まりだった。
身振り手振り交えて息子に熱く語る家内の姿が目に浮かぶが、しかし、そうやって過ごす期間はあと少し。
「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」という通り。
言うなれば秒読み段階に入ったようなものだとの実感が湧いて、途端に寂しさを感じたが、家内の明るい声がくぐもらぬよう、まもなく訪れるであろう旅立ちの春についてわたしは触れずにおいた。