前夜、そこそこ飲んだ。
だから翌日は質素に暮らしてバランスを取る。
朝、炭水化物を控え玄米お結び一個にとどめ、昼はゆで卵だけで過ごした。
木曜はジムが休みなので、仕事後、武庫川を走った。
空気がすっかり秋の趣きを帯びてやわらかく、走り出した時点で残っていた疲労感は見る間に雲散霧消していった。
単調な呼吸と歩幅を刻んで走り、何かが呼応し、次第意識はお留守となった。
心地よさで全身色よく染まった二足歩行の物体が風に吹かれて川べりを軽快に動く。
そのときわたしは武庫川の風景と一体になっていた。
夜は炭酸水を飲み、タンパク質中心の食事で済ませ、翌日に備えてさっさと横になった。
新聞の切り抜きなどに目を通し、日頃、狭い世間で生きる身であるから、世間について考えるうえで新聞が欠かせないとつくづく感じた。
そう思うが退屈な文章が、まもなく意識の火を吹き消した。
起きているのか寝ているのか不分明な領域をわたしはさまよいはじめ、いつしか母をはじめとする家族や友人らの存在をそばに感じた。
いつだってそう。
眠るとすべての親しい人物が姿を現す。
ブランコが行き来するみたいに、向こうに行ってはこっちに戻る。
そんなまどろみのなか、眼前に現出しつつある世界の不思議について思い巡らせた。
わたしのなか像を結んでいるそれら人物は、何か微弱な電気信号など何らかの物質や量を伴っての現象と言え、非存在であるはずはなかった。
わたしの中に地続きで内へと通じる道があり、そこには底しれぬほど広大で奥深い世界が実在しているのだった。
夜、表層の意識に幕が下りると深奥が照らされ、そこに息づく人物たちがイキイキと動き始める。
そこは憧憬を覚えるような幸福な場所で、ああなるほどわたしは内も含め隅から隅まで幸福なのだった。
そして胸に込み上がるのは母への感謝の念だった。
わたしを幸せ満載で育ててくれた。
わたしにとって最大の恩人は母に他ならなかった。
全身色よく染まった五体満足な物体が窓から吹き込む秋風を受け心地よさを増しさらに色づく。
まもなく安らかな寝息とともにその物体は世界と一体となった。