予定よりも早く仕事が切り上がった。
顧問先のクリニックを出ると外はまだ明るかった。
踏切の向こうに目をやると、すでにうちのクルマが停まっていた。
踏切を越えローソンの駐車場へと向かった。
助手席に乗り込むと、家内は電話で今夜の店を予約している最中だった。
では、と家内がクルマを発進させてまもなく。
目的地付近に至った。
幹線道路を挟んで向かい側に駐車場があったのでそこにクルマを停めた。
ひっきりなしに行き来するクルマの流れが一瞬途絶えた瞬間を捉え、夫婦で一目散に走った。
道路を一気に渡り店へと駆け込んだ。
この夜、家内が選んだのはイタリアンだった。
口コミを吟味し選定したであろうから確かな店に違いなかった。
注文の際、店主から説明を受けた。
本当なら3日前、遅くとも1日前には予約してほしいとのことだった。
直前の予約の場合、万全を期せないから。
このやりとりから店主の真摯極まりない料理魂のようなものが伝わってきた。
そして出だしから驚いた。
前菜の品々の凝りようが只事ではなかった。
見事というほかなかった。
2品目のパスタでわたしたちは言葉を失った。
水を使わず魚の出汁で茹で、からすみを絡めたという一品の旨さにわたしたちはただただ顔を見合わせるばかりだった。
やはりこの店主は只者ではなかった。
続く魚料理と肉料理でもその料理の奥深さにわたしたちは魅了され、デザートのパンナコッタに至ってはどう絶賛していいのかさえ分からなかった。
聞けばこの若き店主は播州赤穂の名店サクラグミでかつて腕を振るい、大阪中央卸売市場でも数年働いて魚を見る目を養い、ジビエに精通するため自ら狩猟もするというから、走攻守揃った料理人という他なかった。
ふとした拍子にこんな天才と出合えるから人生は楽しくてやめられない。
わたしたちにとって箕面の意味合いが大きく変わった。
今後は仕事がなくてもちょこちょこ立ち寄ることになるだろう。
帰りも幹線道路を突っ切って、ワインで赤くなった家内を助手席に乗せ、わたしがハンドルを握った。
このほどグラミー賞を受賞したケンドリック・ラマーの「Not Like Us」をリピート再生させて家内が歌うなか、わたしは思い出していた。
さっきのレストランでのこと。
隣に身なりのいい30代くらいのカップルがいた。
二人は「北斗の拳」のラオウについて話していた。
で、ラオウ繋がりで考えた。
今回の店の店主がケンシロウだとすれば、ラオウは北野坂の木下さんということになるだろう。
いまはラオウがはるかに強いが、これから先は分からない。
あちこちに強いやつがいる。
わたしは眼前に煌々と輝く宵の明星を見つめてしみじみ思った。
最強料理人を巡って、人生は更に味わい深いものになる。
これは絶対、「北斗の拳」を読むより面白い。