まだ時間が早かったのでひとつ前の駅で降りた。
改札を抜け通りに出て信号を待つ。
左手に視線を感じ、肩越しそちらに目を向けた。
自転車にまたがった男性がわたしを凝視している。
父だった。
わたしは歩み寄る。
なんでここにおるねん、それが父の第一声だった。
そこにいるはずのない息子を前に驚いた様子であった。
かくかくしかじか。
今から家に寄るつもりであること。
早く着き過ぎるのでひと駅前でおりたこと。
急に冷え込んだので日本酒を持ってきたこと。
父は自転車のカゴを指し示す。
そこには白鶴まるの紙パックが入っていた。
酒類量販店で廉価な日本酒を購入したところだったようだ。
信号が変わった。
ほな、先に。
そう言って自転車をこぐ父の後ろ姿が目に焼き付いた。
老いがその背に明白で、改めてわたしは父の年齢に思い至ることになった。
遠ざかっていく父の背を見つつ、この偶然について考える。
日曜に丹波で日本酒を買い、近いうち実家に持っていこうと考えていた。
たまたまこの日、時間ができた。
それで思い立って電車に乗った。
ひとつ前の駅で降りたのは、ほんの思いつきからだった。
日本酒が磁石のような役目を果たし父子を引き合わせたと言う他なかった。
日は暮れかかり風が冷たい。
父が自転車で通ったであろう路地道を辿って実家に向かう。
この日の昼、家内が事務所に弁当を持ってきてくれた。
寒いからとマフラーと帽子も渡された。
真冬でもあるましいと思ったが、それがあってちょうど良かった。
まもなく家。
前に父の自転車がない。
夕飯の支度する母に聞くと、近くの萬野まで肉を買いに出たという。
ああ親心。
食べ盛りをとっくに過ぎた息子であっても、親は肉を食べさせようと思うのだ。
まるで家にプロレスラーでも来たかのよう。
どっさり肉が焼かれた。
発泡酒を1缶ずつ飲み、わたしは持参した日本酒を開けた。
丹波小鼓の花吹雪。
各賞総なめの名酒である。
あまりに美味しく、あっという間。
空になるのに一時間もかからなかった。
ほどよく酔いが回ったのだろう。
駅で出合ったシーンについて父が何度も繰り返す。
どっかで見たやつおるなと思って、じっと見てたらおまえやった。
よいお酒となった。
その余韻にひたりつつ、余った肉を携えて帰宅する。
風呂に入っていると、この夜も立て続けに息子らが戻ってきた。
そしてすぐ、これまた立て続けに二人は家を飛び出していった。
新しくオープンしたばかりの店で淡路バーガーを買ってくるのだという。
本格的な冬入りを前に、この日各自寝室の毛布が新調されていた。
さすが家内。
生活まわりのすべてに渡って行き届いている。
淡路バーガーは売り切れだったと揃って息子らが帰ってきた。
よしきた、といった感じで家内が夜食の支度を始めた。
家族全員がすやすや眠る、寝心地いい平和な夜がまもなく訪れようとしていた。